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東京家庭裁判所 昭和50年(家)4042号 審判

申立人 片山靖(仮名)

主文

申立人を事件本人の扶養義務者に指定する。

理由

一  申立の趣旨及び実情

申立人は主文同旨の審判を求め、その実情として次のとおり述べた。

申立人は事件本人久保ツネの甥である。事件本人は現在老人性痴呆の状態にあるところ、事件本人には養女宇田川京子があり同人が保護義務者にも選任されているが、同人及びその夫宇田川孝一はかつて事件本人の夫久保惣蔵の私財数百万円を株の投資につぎ込んで結局一銭も返済しなかつたような事情もあり、惣蔵死亡後は数年間一度も事件本人を訪ねずにおきながら、近時に至り入院していた事件本人を病院の許可なく退院させ、申立人に対し申立人が委託を受けて保管している事件本人の投資信託の引渡を要求し、それが容れられないとみるや事件本人を申立人方に連れて来て玄関に勝手に置いて帰つてしまうなど親族放棄というべき事実もあり、これはまた財産目当の病人管理としか考えられない。そこで、申立人は事件本人の扶養義務者となつてその扶養にあたるとともに、その保護義務者となりたいと考えるので、申立の趣旨記載のとおり扶養義務者指定の審判を求める。

二  当裁判所の判断

1  筆頭者片山靖、同久保惣蔵、同宇田川孝一、戸主片山昭一郎の各戸籍謄本、医師上妻善生作成の診断書、久保ツネほか三名作成名義の通告書(内容証明郵便)、久保ツネ代理人石田洋一作成名義の催告書(右同)、申立人作成名義の回答書(右同)、○○証券株式会社発行の投資信託収益金支払通知書、収益金等計算書(二通)、受付票(二通)、売買報告書(二通)及び送付案内書××××銀行△△支店発行の残高証明書(二通)、定額郵便貯金証書、申立人作成の備忘メモと題する書面及び供述書(二通)、参加人宇田川京子作成の供述書(当庁調査官及川進あての書簡形式によるもの)、田上良子の供述書、当庁調査官及川進作成の調査報告書並びに申立人、参加人及び田上良子に対する各審問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  事件本人久保ツネは、明治三七年四月一四日父片山昭一郎、母ヨシの二女として出生し、昭和八年九月二八日久保惣蔵と婚姻したが、その間に実子がなく、昭和一九年四月二六日夫とともに事件本人の姉片山カツ子の長女である参加人(当時の姓片山)と養子縁組をした。

事件本人には姉片山カツ子と妹片山千代子の二人の姉妹があつたが、いずれも既に死亡しており、妹千代子には子がなく、姉カツ子には夫片山国夫との間に長男片山靖(申立人)及び長女宇田川京子(参加人)の二人の子がある。したがつて事件本人自身の親族としては、現在申立人及び参加人の両名が生存するのみである。

(二)  事件本人は現在七一歳の高齢で、自ら稼働することはもとより不可能であり、後記のとおりその資産も豊かではなく、そのうえ老人性痴呆のため現在入院中であつて、扶養を要する状態にある。

(三)  申立人は、大正一二年七月一三日前記のとおり父片山(旧性金城)国夫、母カツ子の長男として出生したもので、事件本人の甥にあたるところ、昭和三一年一一月二四日妻智子と婚姻し、その間に長女美江子(昭和三二年一一月生れ)があるところ、現在○○○○○重工株式会社貯蔵建設部に勤務して年収約五〇〇万円を得、右妻子と肩書地において自己所有の土地(約一三〇平方メートル)及び家屋(木造ブロック造の三LDK)に居住し、安定した生活を送つており、経済的にも余力があつて扶養の能力を有するとともに、かつて事件本人方で世話になつたこともあつて、老後の事件本人を扶養したいと考えている。

(四)  参加人は、大正一五年一月六日父片山国夫、母カツ子の長女として出生したもので、もともと事件本人の姪にあたるところ、養子縁組前の昭和一八年九月から久保惣蔵、ツネ夫妻と同居していたが、事件本人及びその夫久保惣蔵の養女となつたのち、昭和二五年一二月一一日宇田川孝一と婚姻して久保家を離れ、その後長男和夫(昭和二六年七月二日生れ)及び二男幸夫(昭和二八年一月二六日生れ)の二人の男子をもうけ、現在×××の総合食品市場中央青果総務部長として勤務する夫及び右二人の子とともに肩書地に居住している。

(五)  事件本人の夫久保惣蔵は昭和四五年一月一日死亡し、同年四月一一日事件本人はそれまで居住していた○○区△△△△の借家から申立人の斡旋で申立人住居の近くのアパートに転居し、申立人及びその妻の世話を受けながらひとりで生活してきたが、昭和四八年夏頃からもの忘れがひどくなり、奇行も生じてきたので、同年一二月申立人夫妻が都立××病院及び○○病院の診断を受けさせたところ、老人性痴呆の診断を受けたので、これら病院の指示によつて事件本人を右○○病院に入院させるとともに、申立人から当庁に扶養義務者指定申立(当庁昭和四八年(家)第一四八八三号)及び申立人を候補者とする保護義務者選任申立(同第一四八八四号)をなしたところ、昭和四九年二月二五日参加人を保護義務者に選任する旨の審判がなされ、右扶養義務者指定事件は申立人においてこれを取り下げた。

(六)  かかるところ、昭和四九年五月に至り、参加人は一週間の外泊許可を得て事件本人を自宅に連れ帰り、そのまま病院の退院許可を得ることなく自宅に引き取つてきていたが、後述するように申立人と参加人との間に事件本人(若しくは久保惣蔵)所有の投資信託の引渡をめぐる紛争が生じ、そのもつれから参加人は申立人に対し、申立人が右投資信託を参加人に引き渡すよう要求し、申立人がこれに応じないとみるや昭和五〇年五月二〇日夫とともに事件本人を申立人方に連れて来て、投資信託を渡さないのであれば事件本人を引き取るべしと告げて事件本人を申立人方に置いて帰つた。そこで申立人は事件本人を引き取ることとし、間もなく○○病院の診断を受けさせたうえ、事件本人を同病院に再入院させた。

(七)  ところで久保惣蔵は生前××不動産その他の株式を保有しており、その死亡直前頃これを実妹田上良子に預け、自分の亡きあと事件本人の生活費等に当てるよう委託したが、惣蔵死亡後事件本人は右田上良子の保管に不安を覚えたためか、田上良子から返還を受け、昭和四五年五月一九日あらためてこれを申立人に預け、保管の委託をした(その間に株式は○○証券の投資信託二三一口に換えられた。)

しかるところ、参加人は自己が扶養義務者として事件本人の世話をする以上、前記投資信託は自己に引き渡すべきであると主張し、再三にわたり申立人に対し口頭及び文書で引渡要求をしたが、申立人は自己が事件本人から直接委託を受けたこと、後記のとおり参考人に以前保管上問題があつたことから、これを拒否した。その後右投資信託は解約され、現在申立人及びその娘片山美江子名義の定期預金となつているが、この点は銀行の指導によるもので、申立人ら自身の預金とは区別して事件本人のものとして保管している。

参加人は、申立人が誠実に管理を行なうか否かを危ぶんでいるが、現在までのところ、申立人の管理に誤りがあるとはいえない。

なお、参加人及びその夫は、かつて久保惣蔵から株式の売買を委託された際、自己の営業が不振であつたこともあつて、売却代金を自己の生活費に充て事件本人らに返還できなかつたことがあり、今日までそのままの状態にあるものであつて、事件本人、田上良子、申立人らの不信を買つている。

以上の事実を認めることができる。

2  ところで、民法八七七条はその第一項で、直系血族及び兄弟姉妹を第一次的な扶養義務者と定め、次いで第二項で、「特別の事情」があるときは家庭裁判所が右のほか三親等内の親族間においても扶養義務を負わせることができる旨を規定している。右民法八七七条二項にいう「特別の事情」とは、第一次的扶養義務者が存しないか扶養能力が乏しいなどのため要扶養者を扶養できない場合或いはこれらの者に扶養させるのが不相当であるなどの事情がある場合で、しかも他方で三親等内の親族に扶養能力があり、これに扶養させるのを相当とする事情があるなどの場合をさすものと解される。

本件についてこれをみるに、前認定にかかる事実によると、事件本人には第一次的扶養義務者として養女たる参加人があり、同人に事件本人を扶養する意思及び能力がないわけではないが、参加人は申立人が事件本人から保管委託を受けた前記投資信託の引渡が容れられないとみるや、事件本人に対する現実の世話を放擲して事件本人を申立人に押しつけるようにして委ねたものであつて、参加人に投資信託の引渡を求める権利があるか否かなど右に至つたいきさつはともあれ、現実に事件本人の扶養及び監護を怠つた面があることは否定できないところである。また、参加人は昭和四九年に保護義務者に選任されるまでは必ずしも事件本人の世話をしてきたとは認められないのみならず、かつて参加人及びその夫が事件本人及びその夫の財産を危くしたことなども考えると、事件本人の扶養を参加人のみに委ねることには危惧の念を禁じ得ないのである。

他方、申立人は参加人が申立人方に置き去りにした事件本人を受け入れ、医師の診断を受けさせて入院せしめ、その入院費の不足分を自ら支弁しているのであつて、扶養の熱意を有し、しかも前記のとおり能力も十分であると認められる。もつともこの点に関し、参加人は事件本人を入院させないで自宅に引き取つて監護するのが適切であると主張するごとくであるが、医師の診断による限り、事件本人は入院を要する状態にありかつその方が適切であるといわなければならない。

以上の諸点を総合して勘案すると、本件にあつては、事件本人の扶養義務者として参加人のみでは不十分であり、しかも申立人には扶養の能力及び意思を有し、これを扶養義務者に加えるを相当とする特別の事情があるというべきである。

なお、扶養義務者の指定はいわゆる乙類審判事項であつて、通常は対立当事者を予想しており、扶養権利者から扶養義務設定の候補者を相手方として、若しくは第一次扶養義務者から扶養義務設定の候補者を相手方として申し立てられることが多いと思われるが、本件のごとく候補者からの申立の場合には当然には特定の対立当事者を予想するものではないから、特に相手方を定めずに、家庭裁判所が一切の事情を審査したうえ審判をなしうるものと解する(もつとも本件については宇田川京子が実質的に相当の利害関係を有するので、参加人として審判手続に関与させた。)。また、要扶養者を参加せしめるのが相当と考えられるが、本件にあつては、事件本人の病状が前認定のごとくであつて意見聴取すら不能であつた。

3  以上のとおりであるから、申立人を事件本人久保ツネの扶養義務者に指定することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 岩井俊)

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